西尾士族工場”□+ヲ”@木曽川橋梁第七橋脚(初代)瓦礫 西尾士族工場の後期の識別印(西尾士族生産所)と考えている四角+カナ印。肉厚普通煉瓦に打刻されており、井筒間に架け渡した壁体に使われていたものとみられるが、濃尾地震の復旧で積み直しが行われていることを考えるとM24以降にここに持ち込まれたことになる。これ以外にも西尾士族工場の製品とみられる添印が複数検出されており、明治23年頃に廃業したとされる工場来歴と一致せず、検討を要する(残余煉瓦を買い取った?在庫していた余剰煉瓦で修築した?)。 投稿ナビゲーション 西尾士族工場”九”@木曽川橋梁第七橋脚(初代)瓦礫形状指示”二”@木曽川橋梁第七橋脚(新)瓦礫 コメントを残す コメントをキャンセルメールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目ですコメント ※ 名前 メール サイト 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。 Δ